川端康成シンポジウム

IMG_1352IMG_1358IMG_1365二日間の会議がぶじ終了。初日の午前中はホテル近くのムスタフ通りで散策&買物。写真はまだ10時前なのでにぎわいがないように見えますが、このあと次々に店があき、地元の買い物客がたくさんあらわれました。総菜屋からブティック、レストランなどが密集し、この周辺は住みやすそうです。
昼から昼食打ち合わせをへて、いよいよ川端シンポジウムの始まり。初日の会場はパリ日本文化会館のホール。セシル坂井さんのキイノートに始まり、川端香男里さんの川端資料の現状と展望の報告、ジョン・ノエル・ロベールさんの川端と仏教、アーロン・ジェローさんの「狂った一頁」論、ジョルジュ・アミトラーノさんの「山の音」論などの発表をへて、多和田葉子さんが「雪のなかで踊るたんぽぽ」と題して講演。セシルさんの絶妙に息の会った通訳とやりとりがあって、楽しい講演会でした。終了後、近くのレストランで懇親会。こちらの学会は講演が18時からで、懇親会は20時回ってからなんですね。夜が長い。
二日目は会場をパリ・ディドロ大学に移して再開。 午前は川端のモダニズム再検討がテーマで、スティーブン・ドットさん、和田博文さん、李征さん、仁平政人さんの発表と討議。午後は問題としての伝統というテーマで、鈴木登美さん、田村充正さん、金井景子、イルメラ・日地谷・キルシュネライトさんの発表と討議。そして最後の文学の政治学というパネルが紅野、十重田裕一さん、マイケル・ボーダッシュさんという組み立てでした。午前がエマニュエル・ロズランさんの司会、午後はアンヌ坂井さんの司会で、どうしても拡散しがちなトピックをみごとに交通整理し、会場をもりあげてくれました。
ということで、ひとまず会議は終わり。セシルさんはじめ、ディドロ大学のみなさんに感謝いたします。フランス流の時間の運び方のように見えるけど、きっちりスケジュール通り進んだのもみごとでした。この数日間、ワイン飲み続けで、身体の細胞がかなりワインに染め上げられたような気がします。 

地上から地底へ

IMG_1324IMG_1328IMG_1335IMG_13433日目は展覧会開会レセプション。それまでは時間があるのでふたたび続き。
そこでこの日はまずエッフェル塔へ。そりのある美しさはさることながら、パリ市内の道筋を目の当たりにできました。上空にあるエッフェルの事務室には蝋人形のエッフェルがエジソンの訪問を受けて、意気投合したらしいディスプレイがありました。その背後にあるのは、なんと大正天皇によるエッフェルへの勲章授与の証明書。麗々しく飾ってあるのがなぜかおかしい。地上に降り立ったら、今度は一転して下水道博物館へ。ジャン・バルジャンがコゼットが愛するマリウスを背負って、下水道を逃げ回るシーンを彷彿とさせてくれました。
夜は内覧会とレセプションパーティ。警戒厳重なパリ日本文化会館に入り、まず展示会場の確認。
7時からは同館内のホールで、竹内佐和子館長のあいさつに始まり、セシル坂井さん、そして日本近代文学館を代表して紅野が坂上弘理事長のメッセージを代読。川端家遺族でもある川端香男里さんの挨拶があって、乾杯。楽しいパーティのあと、数人でカフェで二次会。だんだん佳境に入って来たようです。 

農業大国フランス

IMG_1264IMG_1276IMG_1293IMG_13112日目が唯一、1日まるまるの休日です。そこでパリを離れてバスツアー。行き先は白ワインで知られるブルゴーニュ地方のシャブリ村、および世界遺産にも登録されたヴェズレー村です。なんと片道3時間、往復6時間の長旅でしたが、バスの窓から見えるパリの街、郊外、そして延々とつづく田園地帯の眺めが最高でした。とりわけ360度、家らしい家がみえない農場の光景は、思った以上に驚きでした。フランスはたしかにまぎれもなく農業国なのですね。パリの人口220万人。それに対して首都をとりかこむ田園は、ユーラシア大陸こそ一枚岩の地続きであることを思い知らされました。シャブリでのワインテイストもさることながら、ヴェズレーの13世紀に建てられたという教会は、イスラムや仏教と同じく、目に一丁字もない人々を相手につくられた宗教テクストでもありました。ただ、この内壁の色違いの石組みデザインはサラセン人に支配されたスペインからもたらされたものだとガイドのおじさんは説明していました。とすれば、やはりイスラム美術の影響圏ということになる。中東から北アフリカをへてスペインへ渡ったイスラム文化はこうしてフランス、ブルターニュにまで沈黙の足あとを残していたことになります。最盛期1万人が巡礼に来たというヴェズリー村の人口は500人程度。城壁のような教会裏の頂上から、見渡すかぎり広がる田園風景を眺め、試飲したワインの余韻にひたりながら、しばし、アメリカや中国の空間とは異なる空間の質について思いをめぐらせました。 

パリにいます


IMG_1195IMG_1198IMG_1202パリ日本文化会館で川端康成展が開催されます。日本近代文学館が主催し、国際交流基金や川端家のご協力をいただきました。文学館の川端記念室がさまざまなバージョンをまとめて、パリに一時的に引っ越したようなものです。16日にオープングのレセプション、17〜18日は多和田葉子さんの講演に加え、ディドロ大学で各地から集まった研究者たちによる国際シンポジウムが開催予定です。今日はパリに先に入って、短期間の観光。早朝4時にロワシー空港につき、荷物をホテルにあずけてから市内散策。まず近くの広場で、7時から始まっていた市場をのぞく。チーズが露店で売られていて、愛想のいいおばあちゃんからフロマージュを1つ買う。そのあと地下鉄で最終駅のポルト・ド・クニャンクールまで行って、アンティークの蚤の市を見学。2000店以上の店舗もさることながら、一軒の店のなかに飾られている品の陳列方法にびっくりしました。その後、セーヌ河畔のバトンムーシュにいき、恒例のクルージング。パリに来たら、やはりこれでしょうという話。結局、前日の日本時間午後10時過ぎの便でしたので、24時間くらい移動と散策につかってチェックイン。初日から盛り込み過ぎかもと反省です。

「検閲の帝国」

IMG_1025 すでに高榮蘭さんがFBに書いていますが、 ようやく共同の論文集『検閲の帝国 文化の統制と再生産』(新曜社)を刊行しました。ソウル大学の鄭根埴さん、成均館大学の韓基亨さん、李惠鈴さん、そして同僚の高さんとぼくとの編集になります。この5年ほど、「検閲」という共通テーマで日本と韓国を行ったり来たりしながら研究会を続けてきました。帝国時代の日本と植民地朝鮮における「検閲」、そして敗戦/解放後のアメリカ占領期の「検閲」、さらに占領後の両国における「検閲」をさまざまなトピックから切り込んだ18篇の論文と、40頁以上におよぶ日韓検閲年表からなります。
 韓国語版も同時に準備が進められていて、近々、発行予定です。かなりの大著になって、ややうろたえ気味ですが、日本側の執筆者はご覧のように同僚の金子明雄さん、小平麻衣子さんはじめ、十重田さん、内藤さん、五味渕さん、榊原さん、鳥羽さんと重厚な方々にご協力いただきました。年表は尾崎名津子さんの労作。最後の藤井さんは成均館大学の研究教授。メンバーとしても日韓入り交じった構成となりました。とりわけ韓国側の論文の翻訳にあたってくれた金誾愛さん、高橋梓さん、金泰植さん、和田圭弘さんには厚く御礼申し上げます。

第1部 検閲の拡張、揺れ、転移
鄭根埴 植民地検閲と「検閲標準」
紅野謙介 文学を検閲する、権力を監視する──中西伊之助と布施辰治の共闘
韓基亨 「法域」と「文域」――帝国内部における表現力の差異と植民地テクスト
十重田裕一 植民地を描いた小説と日本における二つの検閲──横光利一『上海』をめぐる言論統制と創作の葛藤
李鍾護 検閲の相転移、「親日文学」という過程
高榮蘭 占領・民族・検閲という遠近法──「朝鮮/韓国戦争」あるいは「分裂/分断」、記憶の承認をめぐって

第2部 検閲されるテクストと身体
金子明雄 「風俗壊乱」へのまなざし――日露戦後期の〈筆禍〉をめぐって
李惠鈴 植民地のセクシュアリティと検閲
内藤千珠子 目に見えない懲罰のように――一九三六年、佐藤俊子と移動する女たち
李承姫 植民地朝鮮における興行市場の病理学と検閲体制──アリラン症候群をめぐって
小平麻衣子 誰が演劇の敵なのか――警視庁保安部保安課興行係・寺沢高信を軸として
李旻柱 植民地朝鮮における民間新聞の写真検閲に関する研究──『朝鮮出版警察月報』と新聞紙面の対照分析を中心に

第3部 アイデンティティの政治──検閲と宣伝の間
五味渕典嗣 ペンと兵隊――日中戦争期戦記テクストと情報戦
鄭鐘賢 ペテロの夜明け──植民地転向小説と「感想録」の転向語り
榊原理智 移動と翻訳──占領期小説の諸相
林京順 新たな禁忌の形成と階層化された検閲機構としての文壇
鳥羽耕史 「原爆詩人」像の形成と検閲/編集――峠三吉のテクストが置かれてきた政治的環境
藤井たけし ある『政治学概論』の運命──ポスト植民地国家と冷戦

尾崎名津子・孫 成俊編 日韓検閲年表
 
プロフィール
ギャラリー