「ジプシー・フラメンコ」

先週から渋谷ユーロスペースで記録映画「ジプシー・フラメンコ」が公開されています。スペイン最高のフラメンコダンサーといわれたカルメン・アマジャが亡くなって半世紀。その血をひく母娘がフラメンコの遺産にどう立ち向かうかを描いた作品で、エヴァ・ヴィラ監督による怒濤の84分。いまはロマと呼ばれることの多いジプシーのコミュニティにとって、フラメンコとは何だったのか。スペインの歴史・文化・社会の多層性を考えるきっかけにもなりますし、フラメンコはスペイン以外では日本でもっとも受容されている踊りなんですって。なぜ日本の女性たちが…とふりかえる機会にもなりそうです。下高井戸シネマで毎年、ドキュメンタリー映画祭を主催している飯田光代さんがなんと「ピカ・フィルム」という配給会社を立ち上げての初興行です。おそるべき「けものみち」に入っていった飯田さんを応援すべく、ぼくも前売り券をさばいています。ぜひ渋谷ユーロスペースへ。
公開初日にかけた和製フラメンコダンサーズによるイベント記録がありますので、こちらもご覧下さい。
 

お知らせ

イベントのご案内です。大学のゼミ関連で、落語家の金原亭馬治さんをお呼びして「落語を学ぶ、落語から学ぶ」というイベントを開催します。馬治さんには実際に、一席、噺をしていただき、そのあとでいろいろと質問しながら噺家の楽屋裏をうかがう予定です。教壇に立ったら、自分の口八丁手八丁で勝負しなければならない教員志望の学生や現職教員のひとを想定したものですが、日本大学国文学会の特別講義のひとつでもあるので、だれでも無料で参加できます。7月30日(水)16時20分から17時50分まで、文理学部図書館3階、オーバルホールが会場です。ご期待ください。

文理ラジオ、発信

5月になりました。一ヶ月ほど前から文理学部では、インターネット上のラジオ番組を始めました。名づけて「文理ラジオ」。声で聞く講義を流しています。「昭和天皇」でサントリー学芸賞を受賞した史学科の古川隆久さんや、「方言コスプレの時代」で評判になった国文学科の田中ゆかりさん、社会福祉の井上仁さん、情報科学の谷聖一さん、GPSなどの地理学の関根智子さんのミニ講義を聞くことができます。7分ちょっとのものなので、聴きやすいし、内容もそれぞれの学問を平易に説いていて、面白いと思います。実はこれ、ほとんど田中ゆかりさんの発案、監督のもとに実現したのですが、中味が充実しているので、今後もコンテンツを増やしていきたいと思います。ぜひ、拡散していただき、耳を傾けてみてください。動画もいいですが、たまにはラジオもいいものです。

河野至恩「世界の読者に伝えるということ」

講談社現代新書で河野至恩さんの「世界の読者に伝えるということ」が出て、著者からさっそく頂戴した。最近の講談社現代新書はほとんど表紙カバーの4分の3をおおうような帯をつけているのだが、その帯には「〈日本〉が世界で読まれるための戦略とは」とあり、「クールジャパンを唱える前に、日本文化の発信に大切なことは、何だろう?アメリカで森鷗外を学んだ著者が、文学と批評から考える」と書かれている。中味を読むと、河野さんの趣旨は後半の一節にあるのだが、講談社は文化商品をめぐる世界へのマーケティング戦略を説いた本のように見せて売ろうということなのだろう。中味はすごくいい本なのに、何だかなあとちょっと悔しくなる。
この本が語っていることを簡単に要約すると2つのことになる。オリジナルの村上春樹テクストと翻訳されたHarukiテクストはもちろん同一ではない。しかし、そこに絶対的な上下関係もない。それぞれの翻訳言語の文脈に即した複数のテクストが生み出されていると見るべきである。原典に即して読む読み方だけでなく、離れて読む読み方にも可能性がある。それが「世界文学」という考えにつながる。「精読」に対する「遠読」という概念が面白い。もう1つが、アメリカの地域研究の1つとして日本研究の立場に立ったとき、日本の伝統文化や大衆文化、批評はどう見えるかという話題。どうしても日本の独自性を語ろうとして日本中心の思考に陥りがちなところをどうくぐり抜けるかが語られている。文章も平易で読みやすい。ぼく自身はこれからますます異なる文化や言語のあいだの対立や葛藤が強くなるのではないかと危惧しているのだけれど、だからこそ河野さんのような観点が大事なんだと思う。

上原善広「路地の教室」

 ちくまプリマー新書で出た上原善広『路地の教室 部落差別を考える』を読んだ。『日本の路地を旅する』(文藝春秋)を読んで関心をもっていた著者なので、数冊まとめて購入し、机のわきに並べている。プリマー新書は読者層を中学・高校生ぐらいに設定しているから、文章も平易だし、叙述も読みやすい。しかし、書かれていることは素晴らしく重い。その重いことが軽やかに書かれているのがいい。被差別部落については、島崎藤村、野間宏について考えていたときからずっと頭にあって、『部落解放』などの雑誌をとったり数多くの関係書を読んできた。そんななかで中上健次の「路地」という言葉を手がかりに全国の「路地」を歩き回り、差別のなかから差別自体を考えているこの本に会って納得もできたし、ひとつの明かりが見えて来たように思う。これは被差別部落を例においている本ではあるが、あらゆる差別、民族やジェンダー、年齢、障がい、性的マイノリティなど、さまざまな差別にもつながっている本だと思う。解決策を示しているのではない。差別の現実のなかで生きる、生きぬくことがむしろ推奨されている。「あとがき」を見たら、筑摩書房の金子千里さんの名前が謝辞とともに掲げられていた。金子さんはかつて筑摩の「国語」教科書編集に携わっていた同志。いい本が出来ましたね!
プロフィール
ギャラリー