雪に負けた

 今年の入試はさんざんでした。文理学部の場合、センター入試を別にすると、理系が一期、二期、人文系、社会系の合計四回ほど、一般入試が実施されます。このうち雪による交通事情が大きく影響したのが二回。スムーズに実施できたのは、昨日の理系二期くらいで、ほかは交通事情のニュースと首っ引きで、朝の五時起きから夜まで対応に追われつづけました。結局、人文系と社会系については大雪被害による欠席者を対象に、前列のない追試験ということになり、その対策がつづいています(詳細は文理学部のホームページ参照)。受験生も気の毒ですが、大学もたいへんです。聞くところでは19大学、41学部が追試験を実施することを発表したようですが、おそらく各大学ともにもはや超絶のテンヤワンヤとなっていることでしょう。
 しかし、今後どうするのか。入試シーズンを他に移すとしても、9月にしたら台風対策が不可避だし、そんなに選択肢がない。となると、来年以降はいつどうなっても大丈夫なように、不測の事態対応の予備問題を用意することになるんでしょうか。ますます大学教員は全員、入試業務で仕事に追われることになるのでしょうね。さりとてアメリカの大学風にアドミッションセンターを設けてその専門家を配すると言ったって、そんな蓄積もないし、いい成り手もいない。1大学だけで設置してもうまくいくものではありません。全国の高校や予備校も含めて、影響は甚大で簡単にはいきません。
 そんななかで今後はシンプルかつ実現性の高い小さな対応策を練るしかないですね。では、どんな対策?いえ、それはまだまだ思案中です。頭の痛いところです。

「青春の殺人者」

映画.comに「青春の殺人者」デジタル化に関連したニュースが出ていました。
なつかしい。ここにも出ているけど、脚本の田村孟と監督の長谷川和彦の大げんかについては、当時も話題になっていて、たしかキネ旬でも田村についての記事が出ていたように記憶している。ぼくが映画評を初めて書いたのは学生時代の雑誌「シナリオ」の投稿だったのですが、そのあと「早稲田大学新聞」か何かのキャンパス新聞にこの「青春の殺人者」の映画評を書きました。 中上健次の原作、大島渚らと組んでいた創造社の田村、そしてぐっと若い世代だった長谷川、この三人の取り合わせが面白かったし、いまや「相棒」の大物俳優となった水谷豊のチンピラぶり、若い原田美枝子、そして市原悦子と内田良平の怪演、たしか内田良平は最後の出演ぐらいじゃなかったか。新しい映画が生まれる現場感というか、同時代感がありましたね。

Trace of Writing

あっというまに1月も半ば。先週からすでに大学の諸会議で動き回っています。卒論修論の提出締め切りも明日まで。あちこちばたばたしたり、ほっとしたりする学生・院生であふれているでしょう。
さて、今日は案内1つ。昨秋、日本近代文学館のイベント「文学館へ行こう!」で知り合った武蔵野美術大学の院生荒井美波さんの「Trace of Writing」という個展が、明後日1月15日から恵比寿のTRAUMARIS SPACEで開催されるので、お知らせします(すでにFBではリンクをシェアしましたが)。
荒井さんは漱石や芥川、太宰など、近代文学の作家たちが残した直筆原稿をもとに、その文字の筆跡を一画一画、針金で臨書的に再現するという作品を製作しています。文学館などでつくられた複製原稿を画像で読み込み、原稿用紙の罫線をまず皮革に印刷し、一文字ずつ解体して、植え付けるように「書く行為の軌跡」を再構成するのです。筆順にしたがって高低差がつくため、真正面から見れば、まさに原稿の3D再現となり、見る角度を変えると文字はまさに生え出た無数の草木のようにも見えます。写真では少し分かりにくいと思いますが、彼女はこの一連の作品で武蔵野美術大学の卒業制作優秀賞を受賞。さらにMITSUBISHI CHEMICAL JUNIOR DESIGNER AWARD2013にチャレンジして、佳作を受賞しました。このときの審査委員・都築響一さんの推薦を得て、個展開催となった次第です。これは文学を文学としてとらえる視点とは異なりますが、文学を通して「文字の力」をあらためて身体に感じさせる強い作品になっていると思います。去年から荒井さんはぼくの大学院の授業をのぞきに来ていますが、そこで作品を見せてもらったとき、院生一同、すっかり魅了されてしまいました。ぜひ、みなさんも新しいアートの誕生に立ち会ってください。

マンデラ氏の思い出

 ネルソン・マンデラが亡くなって、追悼式の模様が伝えられました。
 そんななかで思い出した記念すべき写真がこれ
 1990年に来日したマンデラ。27年間の獄中生活から解放されたあと、大統領に選ばれるまでのあいだ、世界各地をまわって南ア共和国や人種差別反対運動への支援を求めた。そのとき日本にも来たわけですが、都内の各大学は釈放されたばかりの運動家を迎えるイベント会場の提供に尻込みしました。結局、あちこちから拒絶されたあげく、関係していた日大の国際関係学部の先生(当時)が文理学部の事務長に連絡して、依頼したところ、即決で承諾したのだという。なぜ、出来たのか。どうも政治犯とは聞いていたけれど、どういう人物か知らなかったらしい。ある意味で、これは無知から生まれた幸福な結果なのかもしれません。この日、いまはない超古ぼけた大講堂(いまは跡地が新図書館になりました)に、支援するミュージシャンたちも数多く登壇。サンプラザ中野やシーナ&ロケッツやらで大盛り上がりになりました。とんでもないお祭り騒ぎになったアフリカ系の人々を前に、当時の職員たちは呆然としていたそうです。日大文理にいたから味わえた歴史的な一瞬。
 獄中27年。マンデラの闘いはこれからの日本にとって対岸の出来事ではないと思います。マンデラ大統領と南アのサッカーチームを描いたクリント・イーストウッド監督「インビクタス」を見返したくなってきました。

学会つづき

2013reikai いまさらですが、日曜日の日本近代文学会例会の感想つづき。
 結局、この日の参加者は330名に及んだそうです。企画した懇親会、普通は例会の懇親会はささやかなものなのですが、パネルも発表者も多いし、相互に知り合いであることも多いので、急遽、開催となりました。ふだんは発表者は無料にするのですが、さすがに70名までいくとそうもいかない。やむなく発表者もふくめ、会費制にして立食パーティ形式としました。こちらの参加者も138名で、大盛況となった次第です。これは金子運営委員長のもと、運営委員会のみなさんの協力によるものですが、国際研究集会として大成功だったと言っていいでしょう。
 これまで学会では発表のエントリーが少ないという声もありましたが、やり方によってはこのように予想を超える発表希望があり、たくさんの参会者があるということです。敷居が高かったのではないでしょうか。海外からの参加者には、日本近代文学会もずいぶん変わったんですねという声もありました。今回の場合は、それまでの潜在力が表に現れたということでしょうから、毎回このようになるとは行かないかもしれません。ただ、たえず内外の会員の需要を掘り当てて、応えていくことが重要だろうと思います。
 この2年ほど、複数会場の方式が定着してきました。昭和女子大で初めて複数会場にしてから、ざっと20年近くかかりました。長年、主張してきたことなので、ようやくという思いでいます。とはいえ、今回の8会場はさすがにたいへん。スタッフの手配もそうですが、聞きたい発表が重なり、もったいないくらいでした。せめて5会場くらいの範囲でつづけられるといいですね。
 ということで、あらためて会場校より運営委員のみなさんにお礼を申し上げます。
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