日本近代文学会例会

12月例会が始まった。国際研究集会となった今回の例会は、発表者70名、8つの会場という「史上最大」の集まりとなる。ホスト校の関係者なので無事に運営されるかどうかが心配だったけれども、今のところは金子運営委員長の差配のもと、スムーズに各会場ともに進行しているようです。ぼく自身は「日韓文学の関連様相」のパネルに来ています。たいへん高度な議論が展開しています。

最近の仕事

IMG_0703「国語と国文学」12月号が出ました。「中里介山『大菩薩峠』とその演劇化をめぐって」という論文を書かせてもらっています。沢田正二郎による『大菩薩峠』上演とそのトラブル、その後の介山の演劇介入について調査、考察したもので、中里介山とその「文学場」の研究の一環です。前後して「日本古書通信」11月号には「教養主義のゆくたて──田中耕太郎のこと」というエッセイを書きました。こちらは『物語岩波書店百年史1』のなかでふれた法学者の田中をめぐって、書き足りなかった部分を補足した内容です。それにしても東京大学国語国文学会の雑誌の方はもう12月号で、 年間の総目次もついていました。寒さが沁みるとともに、年末の気配が漂ってきました。

文学館へ行こう!

15昨年から始まった日本近代文学館の「文学館へ行こう!」企画。
中島国彦さんが担当された3回に加えて、ぼくも今回、担当します。来る11月23日(土)、祝日の日ですが、13時から15時にかけてです。 現在の展示を館員による案内付きで紹介し、文学館が所蔵している著名作家の生資料をお見せするほか、一般には入ることのできない文学館の地下書庫がどのようになっているかをお見せするイベントです。全行程2時間。参加費500円。定員あり。まだ若干、余裕があるようですので、参加ご希望の方は日本近代文学館まで。

大和芋、収穫

IMG_0700長芋の一種で大和芋というのがあるけれど、それが大収穫。今年は植え付けのときに地面深く掘って、石ころを除去し、腐葉土などをたくさんやっていたこともあるけれど、とにかくよく蔓がのびて、近くのイチジクの樹の先までからみつくほど。これは期待できるなと思っていたら、その期待以上の大きさのものになっていました。だいぶ葉っぱが黄色くなったので、そろそろだろうと、今朝から掘り出し作業。一時間半、格闘して、入手したのがこれ。苗二つ分です。いちばん大きなボウルに入れたのだけど、写真では分かりにくいので、猫と一緒にぱちり。もちろん、猫は毛ほども興味を持っていませんでしたが、日向ぼっこの最中に土臭いものを並べられて、何じゃこりゃという表情をしていました。素人でここまで出来たら十分。すりおろしたら、当日に食べる分以外は、小分けにラップに包んで冷凍します。これを必要なときに解凍して、お好み焼きにまぜたり、とろろ汁にしたりします。お店で大和芋を買ってきたけど、そのまま放置しているうちに芽がはえて、なんていうときはいくつかに切って、切り口に灰をつけたあと、庭に埋めておけばいい。その際、できるだけ土を深くやわらかくしておくことぐらいです。

高田知波『姓と性 近代文学における名前とジェンダー』

IMG_0698高田知波さんの大著が翰林書房から出た。表紙を見て、一瞬、家族社会学とか文化人類学かなと迷うくらい、大きく「姓」と「性」の文字が白抜き、シャドウをつけて浮かび上がっている。ジェンダー論を取り入れた近代文学研究が多くなり、「形骸化」の危険を感じた高田さんがその再活性化を目指して「名前とジェンダー」に取り組んだというのが序章で説明される動機である。「姓」は近代以降は名字と同じ意味になり、家父長制社会を支える重要な指標として機能した。その「姓への幽閉/姓からの疎外」を近代初期の文学から戦後、現代文学にいたるまで、さまざまな症例を一気にとらえようとしている。登場人物がフルネームで出てくるものもあれば、姓だけ、名だけというケースもある。その使用例に明らかなジェンダーバイアスがある。樋口一葉、木村曙から大西巨人、川上弘美まで自在にとりあげられる人はそんなにいない。その意味では高田さんならではの本で、ずいぶん勉強になった。もちろん、モハメッド・アリの例をあげながら「呼ばれたい名前で呼ばれる権利」を求める論理の根底には、アイデンティティをめぐる政治的思考がある。一方、長谷川海太郎=林不忘=谷譲次のようなケースや、生まれた姓=性からの脱出を目指すトランスセクシュアルな人たちのケースもあり、「トランス」ネーミングをどう考えるかもいまの課題だと思う。あとがきによれば、本書は高田さんにとって「最後の著書」になるかもしれないという。そんな気弱なことを言わずに、ぜひぜひいまどきの課題にも取り組んでいただきたい。
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