土曜日の新宿

午前中、市民講座をすませて、久しぶりに新宿へ。土曜日の新宿はあいかわらずすごい。とりわけボーナス直後のせいか、伊勢丹などの混雑は、浅草ほおずき市の境内のよう。そうか、それにこの日はバーゲンだったのだ。思いがけない場所に遭遇してめんくらう。ひとにぶつからずに前に進むのがたいへんで、熱気にあてられてしまいました。TSUTAYAに寄って、最近のDVDなどをチェックしてから帰宅。この間の疲れも出て、2時間びっしり宵寝してしまう。

学会シーズン?

5〜6月は学会シーズン。5月26・27日は、成蹊大学で日本近代文学会の春季大会。2日目のシンポジウムのテーマは「再生産される作家イメージとその強度」。6月10日は、国学院大学で昭和文学会の大会。このときのテーマは折口信夫。6月23日は、東京女子大学で日本近代文学会の例会。これは個人発表特集。発表する方もたいへんでしょうが、聞くだけでもけっこう疲れます。
さらにこの間に、ぼくの関わることでは、5月31日にシアトルでミニシンポジウムをやって、6月16日に慶応の改造社研究会で報告し、明日28日に文理学部の人文研共同研究会で報告。ちょっとやりすぎモードに入ってしまっているのを反省。そういえば23日は、午前中、日大生涯学習センターの依頼で講演も1つやってから、東京女子大に行ったのでした。
でも、このモードはもう少しつづきます。この週末の30日は早稲田のエクステンションセンターで市民講座の講演。翌週の7月7日は日大国文学会で、これは聞くだけだけど、その次の14・15日は既報のとおり「アーカイブス、その展望と歴史」の会議。まる2日、ぶっつづけですから、最終ピーク。これが終わるまではシーズンが過ぎたとは言えそうにありません。週末がつぶれつづけるのは厳しいですが、体調を万全にして最後まで走りきりたいものです。

大学院の夜は更けて

近現代の大学院生で毎年、新歓コンパをやっているのだけれど、今年は例の「はしか」休講で急きょ中止。それをやり直そうということで、2年幹事のハセベくんが設定してくれました。今年は、正規の院生のほかに、ワシントン大学(UW)からケン・シマくんが来ているし、慶煕大学からの留学生のジョンさん、北京大学からの留学生のモさん、近隣住民でもあるアナキズム研究家のカメダさん、それに日芸の院生のヤマナカさんが参加。さらに6月からは、UWの大学院生のダン・ファーマーくんが自主的に聴講に来ている。ほんとは授業の正規登録者は修士課程1年の4人だけなんだけど、修士の2年以上や博士課程の院生、それに多彩なゲストがいて、総勢15人ぐらいになっている。コンパは下高井戸の「たつみ」でかなり盛り上がり、その後はカラオケコースと二次会コースに分かれる。カラオケコースの隊長はもちろん曾根先生で、「リンダリンダ」を絶唱したダン、洋楽をうたいつづけたケンやヤマナカさんなど、先生だいぶご満悦だったらしい。ぼくは金子さんたちと二次会コース。ゲストに引っ張られながらも院生たちの元気なところがいいですね。

「アーカイブス、その展望と歴史」宣伝

という会議を、来る7月14・15日に開催します。学術フロンティア推進事業として採用された日本大学情報科学研究所の「デジタルアーカイブ・インフラストラクチャの構築と高度利用」研究の1つ、日本語日本文学デジタルアーカイブプロジェクトと日本大学国文学会の共催による会議です。14日は、国文学研究資料館の小川剛生氏と慶應義塾大学の石川透氏のお2人のゲストによる講演のほか、この間、取り組んできた「明月記」「落窪物語」「喜多村緑郎文庫」などのデジタルアーカイブスの研究成果を報告するとともに、今後、予定されている草双紙デジタルアーカイブスや言語学・情報科学の共同研究についての提起がなされます。15日は、一転してアナログのアーカイブスをめぐって、中国、韓国、日本、アメリカと国境を越えて、近代の雑誌や書物の出版・流通・移動について、3つのセッションを用意しました。中国文学の山口守さん、名古屋大学の坪井秀人さん、韓国から成均館大学の千政煥さん、ミシガン大学のジョナサン・ツビッカーさん、文理学部非常勤の高榮蘭さん、ワシントン大学のテッド・マックさん、早稲田大学の和田敦彦さんがそれぞれ報告。これに跡見学園女子大の池上貞子さん、学習院大学の山本芳明さん、マサチューセッツ大学ボストン校の河名サリさんはじめ、小平、金子、紅野の文理の3人がコメンテーターとして議論を行ないます。さまざまな点から興味深い議論が展開されると思います。学外にも開放された会議ですので、ぜひ、気楽にのぞいてみてください。
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「文化左翼」?

スガ秀実さんが「早稲田文学」の最新号の評論「吉本隆明と黒田寛一」で、ぼくのことを「文化左翼」と言っているんだそうな。「早稲田文学」のその記事も斜め読みしただけだったので気づかなかったのだけれど、よく見たら注記のなかで最近、日本共産党の50年問題のときの所感派を評価する「文化左翼」として佐藤泉、丸川哲史さんとぼくの名前が列記されている。ふーん、いかにも口の悪いスガさんらしい。
しかし「文化左翼」って何なんだろう? 前後を読むと「一部の文化左翼」である前記3人の「日共所感派文化運動へのシンパシー」は、「小ブルジョワ」研究者の「エキゾティックな貧困への憧憬」を出ないと書いてある(ちょっとこれだけじゃ分からないけど、詳細は281ページに出てます)。名前をあげていただくのはありがたいけど、ぼくが「日共所感派文化運動へのシンパシー」を書いたことあったっけ?『人民文学』については話もし、書いたりもしたけど、「シンパシー」を注いだ? せめてどこでそんなことを言ったのかぐらいは書いてほしい。だいたい注をたくさんつけて、いかにも学問的・論文的のように見せかけながら、文献名もあげないというのはいかにもアンフェア。注というのは少なくとも読者がべつの文献や情報を確認するインデックスの役割があるんですよ。名指された自分にだって分からないんだから、他のひとにも分かるわけがない。それをしないで、曖昧だけど、ね、分かるでしょと言わんばかりに書くところに、結局、限られた読者の閉じたサークルだけでやっていて、内側しか向いていないところがあらわれているのではないでしょうか。
ま、文化左翼とかプチブルとか言われても、全然痛くない。むかしはそういう左翼用語で切られると屈辱感にまみれたんでしょうか。ぼくなんか、猫をかわいがって猫の名前にハッピーなんてつけて写真かざっているんだからのんきなもんです。「貧困」にエキゾティックな憧憬を注いでも、すぐに底が割れそうです。ぜひ、そういうスガさんにはほんとうの「左翼」を目指して、孤高の道を突き進んでもらいたいものです。

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