「水没の前に」

下高井戸シネマで、第19回目のドキュメンタリー映画特集が始まりました。この日は前夜祭で、リ・イーファンとイェン・ユィという2人の共同監督になる中国映画「水没の前に」が上映されました(WOWOWで近日放映)。これは1992年に着工され、2009年に完成するという世界最大の三峡ダム建設をめぐる映画で、重慶に近い四川省の奉節という都市がまるまる水没してしまう。そのため何万人もひとびとが移住を強いられるのですが、当然ながらそこに格差があり、葛藤があり、混乱がある。そのプロセスを2002年から2003年にかけてその街に住み込んで撮影したもの。奉節という街は李白の詩にも詠まれた風光明媚な都市で、長江の流れと切り立った山々の風景が有名なところ。そこにあふれている荷役労働者たち、かれらを泊める木賃宿の経営者、公認されたキリスト教の教会、移住局の役人たち、さまざまなひとびとの横顔が切り取られている。映画の後半、冒頭に映っていた高層ビルやアパート、教会などが次々に倒壊し、瓦礫の街に変じていく。1995年に日本では関西の大地震があり、2001年にはNYで世界貿易センタービルが崩壊したのだが、中国では相前後してこの奉節という街で都市の解体が行われていたことをようやく目の当たりにしたように思う。このときアフガンでもイラクでも都市の破壊/解体がつづくわけで、この10年、世界はいたるところで瓦礫の山を作っていたんですね。ゲストの山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア部門コーディネーターの藤岡朝子さんによると、この映画を見たジャ・ジャンクー(賈樟柯)が急きょ製作したのが「San xia hao ren」で、2006年のヴェネチア映画祭でグランプリをとったそうです。ここに出てくる木賃宿の親父さんも素人ながら俳優として出ているそうな。こちらも期待大です。Beforetheflood02

トルコ料理

中国社会科学院の孫歌さんと再会。1年前、ワシントン大学で偶然、出会って、その魅力的な人柄と竹内好や丸山真男についての考え方で大いに刺激されました。いずれ日本で会いましょうということになって1年。ちょうど日本滞在中で、しかも、またまた偶然にも同僚の中国文学研究者・山口さんの友人でもあることがわかって、一緒に会食することになった。渋谷で待合わせすることになったので、どこにしようか迷ったあげく、トルコ料理の「アンカラ」にすることにした。ここは以前、オバーリン大学のアン・シェリフさんの家族につれてきてもらったところ。孫歌さんに中華料理はへんだし、日本料理といってもね。海外をあちこちまわってきているひとには、かえってトルコ料理もいいかと。シェフのおすすめコースを頼みましたが、レンズ豆のスープが香辛料が効いて美味しい。前菜はトルコ料理お得意のさまざまな種類のペーストをパンにはさんで食べる。まぁ、ディップみたいなもの。これがひよこ豆やたらことじゃがいも、フェタチーズ、ピーマンのお米とナッツと野菜詰めなど盛りだくさん。これにラム肉のミンチを塗った薄口ピザとか、ラム肉と野菜の炒めなどがついてくる。トルコビールにワインを堪能して、大満足。話題は自分たちそれぞれの研究テーマから、日本、中国、台湾、アメリカ、ドイツとあちこちにひろがり、例によって日本の大学の惨状に及んだのでした。雨の寒い日でしたが、楽しい晩餐を過ごすことができました。

「日本文学」4月号

日本文学協会の機関誌「日本文学」の最新号が届いたので、パラパラと見ていたら、学会内で激烈な個人批判を展開している文章があった。それによれば日文協のアイデンティティは「反アカデミズム」の「歴史社会学派」にあって、教育基本法や憲法改正問題について「声明」を出したりすることに意義があるのだそうだ。それをさぼってきたこの間の日文協はアカデミズムと一体化していて、それがアカデミズムの学会役員を破廉恥にも兼務している一部の個人によってなされたかのように書いている。そうか、そうだったのか、ふ〜ん。こういう文章を読んだら、ますます日文協から離れていくひとが多くなるだろうなぁ。兼務しちゃいけないんだ。
今後は「日本文学」に発表した論文とか、発表とかは履歴や業績表に載せてはいけないというルールを作ったらどうだろう。だいたい業績にするなんて不純だ。研究は純粋な動機からだけに限定し、文学への熱い思いにあふれたもののみ掲載する。大量に辞めていくひとが出るだろうし、現実の政治ではこれっぽっちの役にもたたないけど、学会のアイデンティティは守れるし、何より純粋で気持ちいい。存分にひとを批判できるし、自己陶酔もできるぞ。さぁ、栄光ある孤立と消滅に向けて堂々と行進しよう。ぼくは真っ先に降りるけどね。

授業1週間

授業が始まって1週間がたちました。もっと疲れるかなと思っていたら、何となくするするとスタート。休み中でも週2回ぐらいは大学に行っていたので格別の違和感もなかったのでしょう。いちばん疲れたのは教授会。なにしろ200人近くが参加する会議だし、話を一方的に聴くばかりで、何も言わない、言えない雰囲気が苦痛。ぼやーっとした頭で死んだ猫のことなど考える。いまでも伝い歩きしながら、椅子を使って洗面台にあがり、水を飲んでいるときのすがたが浮かび、まだ生きているかのような錯覚に甘く沈んだりしています。

「小説の方法」「釧路から」

右のサイドバーに「おすすめの本」として掲げているのは、主として文学研究や批評の新刊です。Amazon.comにリンクしていて、該当の本の表紙画像が出るようになっています。ただ、大きな流通にのっていない地方出版の本はリンクできないので、こちらで適宜、紹介していくようにします。同志社の真銅正宏さんの「小説の方法 ポストモダン文学講義」(萌書房)と釧路高専の小田島本有さんの「釧路から 国語教師のメッセージ」(釧路新書)が出ました。真銅さんの本は文学理論の入門書。えっ、あの真銅さんが理論書をと思うけれども、意外にまじめに文学理論をしているのです。萌(きざす)書房は奈良の出版社とのことですが、なかなか造本もきれいです。小田島さんは北大で小森陽一さんたちと同人雑誌「異徒」をやっていたひとり。北海道旅行で何度かお会いし、お付き合いいただいている。釧路を舞台に石川啄木や原田康子をめぐる考察や鳥居省三さんの追悼が収められている。釧路新書というのは釧路市が出しているんですね。

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