ソクーロフの新作「チェチェンへ アレクサンドラの旅」を渋谷で見てきました。うーん、すごい。このすごさをどう説明するかむずかしいのだけれど、戦争の文学や戦争映画という概念を超えてしまっているんですね。邦題はチェチェンという共和国名を出しているし、ロシア語、カフカス人やイスラム教の関連話題も出てくるから、チェチェン独立派とロシア軍の戦争だということは分かるのだけれど、ひとつも戦闘シーンはないし、映画の中で戦死者が出てくるわけでもない。おばあちゃんが戦争に行ってもう何年も帰ってこない孫の大尉に会いに、チェチェンのロシア軍駐屯地に出かけて再会する、それだけの話。にもかかわらず、圧倒的に戦争のリアルが伝わってくる。おばあちゃんの目にうつる無数の兵士たち。兵士たちのしぐさや表情、身のこなし、銃器の手入れをするときの手つき、目をこらすまなざし、空腹と倦怠、いろいろな日常がこんなに映し出されたのも稀有なことだと思う。
荒涼とした土地、舞い上がる砂埃、そのなかをふとったおばあちゃんがキャスター付きのよれよれのバックをひきずりながら歩きまわる。長旅のつかれで寝入ったおばあちゃんが朝、目覚めたら、横のベッドに孫が寝ている。縮こまったように寝ているたくましい身体。腕のいれずみや足の甲の傷跡、これが孫だよねと確かめるように見つめるおばあちゃん。やがて目覚めた孫との会話。おそらくは何度も戦闘に出て、何人も殺してきたであろう。でも、おばあちゃんは「あなたの銃の弾にはきっとあたらなかったと思う」と語る。もうそろそろ復員して、結婚もして一緒に暮らして欲しい。しかし、孫にはその夢をかなえられない。たぶん、平和な社会に戻ることはもう出来なくなっているのだろう。そのつらさや悲しさが孫の目からにじみでる。おじいちゃんも死んだ。どうやらそのおじいちゃん、家父長で暴君だったらしい。そういうおじいちゃんに連れ添って、本人も苛酷になったおばあちゃんは嫁にも厳しかったんだろう。孫がおばあちゃんがお母さんにつらく当たったことをうらめしく語るシーンもある。でも、その嫁さんも息子も死んだのか、おばあちゃんはたった一人。「寂しい。もう一人で暮らしたくない」。嘆くおばあちゃんを抱きしめる孫。おばあちゃんがつぶやく、「ああ、男のひとはいい匂いがする」。何とスキャンダラスでエロティックなんだろう。
市場で知り合ったチェチェン人のおばあさんの家を訪ねていくと、砲撃で破壊されたすごいアパートに住んでいる。この光景!そして二人の老女のやりとり、やがて駐屯地にもどるおばあちゃんを送るチェチェンの青年とのやりとりもいい。削りに削った省略の映画であり、あらためて映画のもつ力に驚愕させられました。脱帽です。