長い長い選挙戦の末に、バラク・オバマ候補がアメリカの大統領選挙に勝利しました。2年前、サバティカルでシアトルに行っていたときに演説会を開いていたのがオバマ。民主党の統一候補になれるかどうかも危ぶまれていたのに、とうとう大統領にまでのぼりつめた。それもすごいけれど、選挙勝利のスピーチがまた見事でした。「毎日新聞」のニュースサイトで日本語訳の全文が出ていますが、これを読んで、やはりふたたび心動かされました。テレビで同時中継で見ていたのに。
このあと就任後のオバマ大統領が平坦な道を歩むことは誰も考えていないでしょう。無意味な戦争を抱え込んだまま、金融恐慌を引き起こし、もはや世界の覇権はおろか、多極化した世界を前に未曾有の舵取りを迫られる。しかも、圧勝とはいえ、マイノリティ出身の大統領に失敗は許されない。20世紀をへて、政治がどのようなものであるか。国家という単位を守るために政治はどれほど多くの犠牲を望むかを知ってきたのがわれわれです。理想や民主主義を掲げた政治家がどのような裏切りを演じるかも、この1世紀をかけて目撃してきました。マキアベリストとしての恐るべきオバマが現れるときを目の当たりにする可能性を否定することはできません。
しかし、にもかかわらず、そうした冷めた視線をはねとばすように、オバマのスピーチは感動的でした。ゴーストライターがいるんだという陰口もあるでしょうが、仮にシナリオがあったとしても、それを生きた言葉にすることができたとしたら、それはやはり見事なスピーチと言うべきだと思います。
アトランタの106歳の老女の逸話は、政治家の言葉として歴史に記憶されるでしょう。こういう言葉を発する政治家を日本は持つことが出来ませんでした。政治の文化が異なるのはよく分かります。スピーチで人を動かす歴史を持っていない。しかし、そうだとして、ではどのように自分のメッセージを届けるのか。届けるための技術として、何を磨いてきたのか。小浜市や小浜温泉の住人がエールを送るのは単に観光誘致のためとばかり言えないように思います。
少なくとも、2001年の9.11とともに、2008年の11月は歴史に刻み込まれることになりました。このあとに開かれるページがどのような内容になるのか、少なくとも世界のまなざしをアメリカに集めた。そのことだけでもオバマの威力は大きいと言えるでしょう。