世田谷区の教科日本語をめぐる第四回学習会。今回は、小学校1年の世田谷区の民話をめぐる授業のビデオと、小学校6年向けの漢詩の模擬授業を見学し、検討を加えた。まずビデオを見て、「太子堂の親子ぎつね」をめぐる民話がいかに小一にむずかしく、音読の声も小さくなっていくかを目の当たりにする。何しろ先生が範読するのに、漢字ルビ付きの文章になれないため、次第に生徒たちの声が小さくなっていく。やたらに音読を進める指導案で、それ以外の方法論をもたない教育委員会方式なのだけれど、意味も分からないし、ルビという形式も分からない小一に、教科書で、漢字ルビ付きはむずかしいよね。
漢詩の模擬授業は、担当した先生の努力もあって、実際に参加した30人ほどのメンバーでは、意外に好評で笑ってしまった。ただ、これは大人の読者のもともとの教養を前提にしているからで、小六にはまったくそうはいかないでしょう。この漢詩素読を考案したひとは寺子屋教育などを回顧して発案したのでしょうが、寺子屋時代は漢詩を理解する土壌、自然や生活習俗が残っていたから可能になったので、いまそれを回復するのは不可能。ノスタルジアで子どもに教育するのは子どもに不幸なのではないでしょうか。