京都の立命館大学で日本近代文学会の秋季大会があった。秋の京都ということで楽しみに来たのだけれど、どうも暑いなぁ。京都は寒いという先入観もあるから、冬着も用意していったのに、汗をかいてしまった。ただ会場の衣笠キャンパスは広いし、ところどころ紅葉している木々もあってきれいでした。
で、学会の中味だが、これが毎回、大会のごとにここに書き込んでいるように何ともいわくいいがたい。メインは二日目の午前の2つのパネルと午後のシンポジウム。どう比較しても、午前の部が勝ち。つまり会員持ち込みのパネルの方がまだ議論の格好をつけているのに対して、運営委員会の企画したシンポジウムは無惨。終わったあとで話した30〜40代の研究者たちは院生や学生には見せたくなかったねと言っているし、院生は学会ってあまりおもしろくないですねと言う始末。それに反論できないのが残念です。個々の発表にも不満はあるが、全体として運営委員会がメイン企画を立てることにもう無理があるのではないだろうか。運営委員会企画があったとしても、それもパネルの1つにして、他のパネルと合わせて選択できるようにしてほしい。そのむかし、小笠原克さんが初めて複数会場のパネル形式を体験した晩、新宿ゴールデン街で「俺にもわかるような老人部屋を作ってくれ!」と叫んだことがあったけど、それも分かるように思います。べつに老人部屋が要るということではなくて、土俵を切り分けた方が議論しやすくなるということがある。共有の部分は基調講演とかで十分ですし。なぜそれを実現しないのか、この辺は理事会メンバーのひとりではあるけれども、実務担当の委員会の責任範疇なので何とも言えません。ただ、毎回落胆が大きくなるばかりなので、今後も声を大にして言い続けようと思います。