うちの国文学科では、国文学会特別講義という制度がある。授業の一環ではあるが、それとはべつに学外からゲストをお招きして学生たちに聞かせるシステムだ。もちろん大学の人事として進める大学院特別講義などもあるが、それはさまざまな会議体の許可を得なければならないし、履歴書だ、研究業績一覧だと書類がうるさい。もっとフットワーク軽くやれないかということで、数年前に発案して、日本大学国文学会の予算で実現できるようにした。これだと学科内の処理だけですむし、同じ学問領域だから人と名前もお互いにある程度わかっている。ただ制度をつくったものの、これまではもっぱら古典や日本語学で活用されていたので、今度、その制度を使ってみようと思い立った。
ちょうど学部と大学院の両方の授業で、戦後の文学をあつかっている。その初回に武田泰淳の「審判」をとりあげ、最近の研究のなかでもっとも刺激的な「審判」論を書いた榊原理智さん(早稲田大学国際教養学術院/准教授)をお招きすることにした。榊原さんはいまプリンストン大学にいるAtsuko Uedaさんとともに、ミシガン大学の大学院をへて小森陽一さんのもとで勉強した方。以前からテクスト分析には定評があったが、この「審判」論もシャープで批評的で、これまでの武田泰淳研究を大きくぬりかえている。学部3〜4年のゼミ生や大学院生たちとともに論文のきっかけや経緯、戦後文学研究の見通しなどをいろいろ質問攻めにしながらうかがった。少人数ではあったけれど、学部生も院生たちも相当に面白かったらしい。小説とそれを論じた論文を読み、さらに著者に話を聞くという機会はそうないからね。でも、よく考えたらぼくら文理の専任教員だって、同じようなものなんだけれど、やはりゲストという位置が新鮮なのかもしれません。ともあれ、よどんだ空気にさわやかな風を送り込んでもらいました。聴講していた小平さん、会議のあとかけつけた金子さんとともに、榊原さんを囲んで「爺」で打ち上げ。