中沢けいさんの「楽隊のうさぎ」が映画化された。ひょんなことから試写で見たばかりで、公開はまだこれから。監督は鈴木卓爾。「私は猫ストーカー」で目を瞠り、「ゲゲゲの女房」でひきこまれた監督なので、大いに期待していたら、これがまた予想以上の素晴らしくいい映画になっていた。浜松の中学校を舞台にした吹奏楽部の話。そういうと、上野樹里の出た「スウィングガールズ」(これはまずまずの映画)とか、昨今人気の有村架純が出ていた「リトル・マエストラ」(これは残念な映画)とかが思い出されるのだが、断然、この「楽隊のうさぎ」がはるかに映画として優れている。
ほとんど有名な役者は出ていない。わずかに浜松出身の鈴木砂羽が主人公の母親、井浦新が父親、徳井優が近所の魚屋、宮崎将が吹奏楽部の顧問。宮崎将をのぞくと、たぶん1日か2日で撮影したのかと思うぐらい。ところが、中学生の子役たちがいい。もちろんそれぞれプロを目ざしているのだろうけど、実に自然にふるまい、そのように演出している。無口で感情を表に出せない男の子が、中学に入ったばかりで、とまどいながら通っている日々。ふと座敷わらしのようなうさぎの幻にひかれて吹奏楽部に入り、そのなかで少しずつ変化していく様子が2年という時間をかけて描かれる。大きな事件も出来事も起きない。年一回の定期演奏会が晴れの場になるが、そこで優勝を競うわけでもない。しかし、そうした節目を越えていくことが部活に集まった彼ら、彼女らの変化を告げていく。大人たちはだれも弱々しく、決定的な力を持っていない。子どもたちもびっくりするほど楽器にうまくなるわけでもなく、実際、演奏家になろうとするぐらいうまいフルート担当の女の子は部をやめてしまう。いじめっ子がいつのまにか孤立して不登校になっていく過程も淡々と描かれる。何もないような日常。しかし、男の子はティンパニーに夢中になり、ときが過ぎていく。緑の木々がまぶしく、やがてそれも散り、また桜が咲く。去るものがあり、また再会するものがある。こうした時間の描き方自体がとても気持ちよく、そして美しかった。これから公開だと思うが、ぜひご覧いただいて、雰囲気を味わってほしい。